始まりは、夜なべで作った手作りの文房具
「寝てませんけど」
モリリンさんはそう笑います。話は、2025年7月に東京ビッグサイトで開かれたナースまつりまでさかのぼります。
モリリンさんがレジンで手作りした心電図の文房具は、ボールペンやマグネットなど、多いものでは100個を超える数。夜な夜な一つずつ作ってくれたものを会場に並べると、たくさんの方が手に取ってくれました。
「夜も寝ないで作ってくれたんですよね」
「寝てませんけど、みたいな(笑)」
冗談を言い合っていた私たちに、思いがけない声がかかりました。文房具メーカーの方が、その手作り品を見つけてくれたのです。
「これを、もっとたくさん作れませんか」
聞けば、必要なのは数千個という規模でした。
「いやいや、無理です。私一人で作っているので」
モリリンさんは即答しました。メーカーの方はいったんその場を離れましたが、会場を一周して、もう一度戻ってきました。名刺を交換すると、翌日にはメールが届きました。
「話だけでも聞きに行ってみようか」
手作りから量産へ。私たちにもまだ、何が始まるのかわかっていませんでした。
真夏のジャケットと、初めての名刺交換
初めてメーカーを訪ねたのは、その翌月の暑い日でした。私とモリリンさん、そしてもう一人の開発メンバーの森さん。私たち3人は名刺を作り、渡し方まで練習し、そろってジャケットを着て向かいました。
「街を歩いている人、誰もジャケットなんて着てなかったですよね」
「本当に暑かった。でも、何を着て行けばいいのかもわからなかったから」
到着すると、大きな会議室には関係する業者の方々がずらり。想像していた打ち合わせとはまるで違い、私たちは圧倒されました。
最初の会議は3〜4時間に及びました。こちらが持参した手作りのサンプルを前に、「これを量産するにはどうすればいいか」を一つずつ考えていきます。
ところが、早くも大きな温度差がありました。
「この、ピッピッピッという線は何ですか?」
そう尋ねられ、私たちは顔を見合わせました。
「僕らは、心電図が好きなんです」
医療の世界では見慣れた波形も、文房具を作る方には初めて見る線です。心電図とは何か、なぜ私たちがそこまで夢中になるのか。商品の相談は、そこから始まりました。
「かわいい」を、量産できる形にする
もう一人の仲間の森さんは、心電図の波形を描くのがとても上手でした。いろいろな物に描いてみたなかで、ペンに載せた波形を見た瞬間、私たちの意見が重なりました。
「これだ」
けれど、手描きのかわいさを商品にするのは簡単ではありません。ペンに心臓のチャームをどう付けるのか。チャームの立体感をどう再現するのか。印刷をどうすればきれいに出せるのか。ひとつ決まるたびに、次の課題が出てきました。
「くすみカラーがいいよね」
「でも、このペンだとチャームが付かない」
「こっちなら付くけど、色が違う」
大きなカタログを広げ、何百種類もの候補から色と形を探しました。手作りの「かわいい」を起点に、メーカーの方々と実現方法を詰めていく。その往復を重ねて、心電図の波形とリアルな心臓チャームを組み合わせた4色のペンが形になりました。
「このペンが、いちばん力を入れた商品でしたよね」
「最初に手作りした“かわいい”に、いちばん近かったからですね」
「ECG♡PASS」だけは譲らなかった
名前にも、ひと悶着ありました。「ECG♡PASS」には、心電図検定に合格してほしいという意味を込めています。
「そんな言葉は聞いたことがないし、誰にも伝わらない」
周囲からは、何度も反対されました。
「でも、ここだけは絶対に譲れない」
私はそう伝え続けました。完成した商品を並べてみると、ペンもノートもマスキングテープも、一つの思いでつながって見えました。最初から知られている言葉ではなくても、これから私たちが意味を伝えていけばいい。そう思える名前になりました。
ノートの中身も、話し合いを重ねたものの一つです。当初は12誘導心電図を意識したデザインでした。
「ここは、かなりこだわって作ったんです」
「でも、普通のノートとしては使いにくいかもしれない」
提案を受け、泣く泣く5mm方眼へ変更しました。心電図用紙と同じ5mm方眼なら、波形を描きながら勉強でき、普段のノートとしても使えます。手放したこだわりがあったからこそ、使いやすさと心電図らしさが両立しました。
よく見ると、心電図が隠れている
細かなところにも、私たちらしい仕掛けを残しました。
電極シールは、V1〜V6を臨床で使う色に合わせました。心臓の絵は、会員のアダさんが描いたもので、ノートの表紙にもなっています。リアルさは残しながら、生々しくなりすぎないよう、色やぷっくりした見え方を調整しました。
ストラップの波形には、PAC(心房期外収縮)がひっそり隠れています。
「えっ、そうなんですか。知らなかった」
モリリンさんが驚き、私も笑いました。何度も一緒に考えてきたのに、完成してから相手の仕掛けに気づく。そんな発見も、この文房具の楽しさです。
「見ているだけでも、勉強になりますね」
「ノートを開くときの気分が上がる、そんな応援グッズになったらいいですよね」
欠席した仲間から届いた手紙
この日の勉強会には、もう一人の開発メンバー、森さんの姿がありませんでした。まさかのインフルエンザ。それでも「どうしても参加したい」と、手紙を届けてくれました。勉強会の最後に読み上げられたその手紙を、ここに紹介します。
今夜参加してくださっている皆さんへ。
本当は今夜、3人で制作秘話をお話しする予定でしたが……
まさかのインフルエンザ(笑)
「なんで今なのー!」と思いながら、どうしても参加したくて、手紙で仲間入りさせてもらいます。森と申します。心電図文房具の始まりは、モリリンがbeナビのみんなに作ってくれた小さなピンバッジでした。
「大好きな物は、手にすると嬉しい!」
そこから「心電図を通して、循環器好きを応援できたらいいね」という話になり、モリリンが形にして、ベッカミさんがナース祭りという舞台をセッティングしてくれました。
そして、私が何気なく描いていた心電図波形をモリリンが「かわいい!」と褒めてくれて。
褒められるとすぐ調子に乗る私は(笑)、心臓チャームのペンに波形を描きました。
ベッカミさんまで褒めてくれたので、さらに調子に乗りました(笑)
もちろん、かわいい商品の裏では、夜中まで「あーでもない、こーでもない」。
私は二人にバレないように、ちょこちょこ寝てました(笑)
ベッカミさんは、こだわり始めるとなかなか譲らない。
でも、そのこだわりが今の商品につながっています。
そして、心電図ノート表紙になった、アダさんの心臓の絵♡
なんと本人は商品化されたことを知らず、完成品を見て、
「たこつぼ症候群になるかも!」
と大喜び(笑)
そんなみんなのアイデアを、メーカーの皆さんが本当の商品にしてくださいました。
最近、私の病院でも心電図好きナースたちがこのグッズを見て、
「かわいい!」と言ってくれました。本当に嬉しかったです♪私は心電図が大好きです。
でも入り口は、「かわいい」でいいと思っています。
そこから「心電図ってちょっと面白そう」「少し勉強してみようかな」につながって、いつかその先で患者さんにつながったら。
それが、この文房具を作って一番嬉しいことかもしれません。
「こんなのあったらいいね」から始まったものが、たくさんの人とつながって、本当に商品になりました。
こんな経験ができたことに、感謝しかありません。
本当にありがとうございます。ぜひ皆さんも 心電図グッズ持って 少しでも サイナス な ルンルン 気分味わってみて下さい♪
森
読み終えて、私はこう話しました。
「グッズを売りたいという思いで作ったわけではなくて、みんなに心電図を広めたい。その思いで作ったんです」
夜なべで作った手作りの文房具から始まり、わからないことだらけの会議と、数え切れない修正を重ねて、ECG♡PASSは商品になりました。
私たちが作りたかったのは、ただの文房具ではありません。机の上や仕事の合間に心電図が目に入り、「少し見てみようかな」と思えるきっかけです。
モリリンさんとあの日の話を振り返ると、暑い日に着たジャケットも、何百種類もの候補から選んだ時間も、全部が一本の線につながって見えます。その線が、誰かにとって心電図を好きになる最初の一歩になったら、これほどうれしいことはありません。


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